当センターは医療型障害児入所施設として、神経発達症および肢体不自由の子どもの診療を行っています。1962年に「北海道立旭川整肢学院」として創立、1982年には「北海道立旭川肢体不自由児総合療育センター」と改称し、さらに神経発達症の患者さんが増えてきた現状などを踏まえ、2021年、現在の「北海道立旭川子ども総合療育センター」の名称に変更しました。診療体制としては、小児科医5人、整形外科医2人、歯科口腔外科医1人が常勤しているほか、リハビリテーション(リハビリ)には理学療法士、作業療法士、言語聴覚士が携わっています。また、公認心理師2人が心理発達検査やカウンセリングを行っているほか、外来看護師によるソーシャルスキル・トレーニング (SST)(※1)や保護者向けのペアレント・トレーニング(※2)も行っています。
初診ではまず問診票に子どもの状態などを記載してもらい、30分ほど時間をかけて保護者の悩みや困りごとを十分に聞き取ってから診察を行います。その後、初診での評価に基づいて心理検査やリハビリを行っていきますが、予約患者数の多さから受診間隔が3〜4カ月ほど空いてしまう場合も少なくありません。私たちはその間も自宅での対応方法をアドバイスし、心配なことがあれば連絡をいただくなど十分なサポートが提供できるよう努めています。
また、広域な北海道において数少ない療育機関である当センターには、旭川周辺だけでなく道北・道東の遠方からも患者さんが訪れます。そのため地域で療育に携わる方々への支援も当センターに課せられた重要な役割と考えており、受診時に保護者へ伝えたアドバイスを患者さんの住まいがある各地域の発達支援センターやデイサービスにお伝えするなど、関連機関との連携を積極的に行っています。
地域支援策の1つに、毎年秋に開催している「地域支援セミナー」があります。道内の発達支援センターなどで働く職員を対象とした2日間のセミナーで、当センターの職員や福祉関係者による講演を行っています。
神経発達症により家庭生活に支障を来す子どもが増えてきたことから、当センターでは1993年より、神経発達症に悩む親子に対して親子入院の取り組みを行っています。2~5歳の未就学児を対象に1回4組、年間6~7回実施しており、親子の生活全般にわたる評価やアドバイスを行っています。原則として神経発達症の症状が重い子どもを対象にしていますが、食事や睡眠などに関して家庭への支援が必要な場合も入院を勧めています。
神経発達症の子どもでは睡眠障害を合併することがあります。睡眠の状態は初診時に必ず確認していますが、外来では問題ないと話していながら入院することで大きな問題として気付かれるケースも少なくありません。また、近年はゲームやスマートフォンのブルーライトによる睡眠障害も増えています。特にゲームは、日中の活動量の減少や親子のコミュニケーション不足にもつながり、子どもの睡眠に多大な影響を及ぼしていると考えられ、深刻な問題であると受け止めています。
当センターが目指す大きな目標の1つは、道内全域で同じレベルの療育が受けられるようにすることです。そのためには、オンライン会議システムのような新しいツールと、短期入院の仕組みを、より発展させていく必要があると考えています。
オンライン会議システムは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行下で導入が進みましたが、道内では遠隔地との情報のやり取りが重要なので、今後は必須のツールとなるのではないでしょうか。また、親子入院などの短期入院の仕組みは、入院自体のメリットが大きいだけでなく、遠隔地の保護者も活用できるので、広い北海道だからこそ生きてくる方法だと考えています。
COVID-19の流行に伴い、子どもが自宅で過ごす時間が増えると、運動不足などから睡眠障害や神経発達症の症状は悪化すると考えられます。実際に受診を希望する保護者は増加しており、このような状況下だからこそ医療の質を落とさずに診療を継続し、私たちの役割を果たしていきたいと考えています。
親子入院の概要を教えてください。
平澤先生 子ども1人と保護者1人が一緒に入院する、4泊5日(月〜金曜日)の短期入院です。組み合わせは多くが母子ですが、父親や祖母と入院する場合もあります。
入院前には担当看護師が保護者にアンケートを行って現在の悩みや入院中の目標を聞き取り、それぞれのケースに合わせた看護計画を立てます。また、主に神経発達症の子どもの認知機能を6段階(ステージⅠ、Ⅱ、Ⅲ-1、Ⅲ-2、Ⅳ、Ⅴ以上)に分けて見る「太田ステージ評価(※3)」を用いて子どもの発達を確認し、それに合わせて入院中の運動メニューを決めたり、具体的な遊び方のアドバイスに活用したりしています。
入院中のプログラムは、作業療法や言語療法、小児科の診察と各種検査をはじめとして、保護者向けにペアレント・トレーニングや院長の講義、福祉制度に関する講義を行っています。親子参加のプログラムとしては、一緒に玉入れなどの運動をするミニ運動会や近郊の公園にスタッフと親子がともに出かけるソーシャルスキル・トレーニング(SST)があります(図1)。
子どもの睡眠の問題にはどのように対応していますか。
平澤先生 当センターでは独自に作成したリーフレット「子どもの眠り」を用いて睡眠の状態を評価し、指導を行っています(図2)。睡眠においてメラトニンが果たす役割を教えながら、起床・就寝時間を一定にする、朝に光を浴びるなど、退院後も継続できる具体的な方法を説明します。また、入院中には「睡眠表」を付けてもらい、睡眠の状態を把握しています(図3)。
他にも、シート状のセンサーをマットレスの下に敷いて睡眠の状態を測定する「眠りSCAN」というシステムを使用し、一晩をかけて睡眠の質を測定して診療に役立てています(図4)。多くの子どもが入院期間中に睡眠リズムを整えることができますが、自宅での継続が難しい場合は、リーフレットを用いた説明や継続的な評価を行っています。
佐藤先生 子どもの睡眠の問題について、近年はゲームやスマートフォンの影響が大きいと感じています。例えば、自宅で子どもがなかなか寝付かないという母親のエピソードとして、電気を消しても父親がスマートフォンでゲームをしており、看護師の指摘ではじめてそれが原因だと気付いたケースがありました。また、入院中に部屋を暗くしても子どもの近くにタブレット端末を置いたり、母親がスマートフォンに集中してしまい子どもの就寝が遅くなってしまったりするケースもあります。
林先生 自宅では、父親の帰宅時間が遅かったり、兄弟・姉妹の泣き声が聞こえたりすることなどで子どもが起きてしまう場合や、土日の外出で就寝時間がずれてしまう場合があります。家族の中でもまずは母親の理解が重要なケースが多いので、入院中は起きる時間を決めて日中の活動量を増やし、生活のリズムを整える大切さを伝えています。
睡眠の問題は、食事や排便リズムの乱れを招くこともあります。神経発達症の子どもは学校でのトイレ使用に抵抗感を示す場合もあるので、朝に排泄する習慣を付けるなど、入院中は子どもの成長後の学校生活を見越して、睡眠・食事・排便のリズムづくりを指導しています。
その他に、親子入院ではどのような取り組みを行っていますか。
林先生 保護者向けに「ほめてのばそう」というペアレント・トレーニングを行い、毎日の生活で実践できる子どもとの関わり方を説明しています。褒めることが苦手な保護者は少なくありませんが、小さなことを褒める、目線を合わせて褒める、ハイタッチやグーサインで褒めるなど、子どもが喜ぶ褒め方を母親と一緒に考えます。
親子入院のメリットの1つとして、子どもと接している保護者にその場でアドバイスができる点が挙げられます。例えば、子どもの行動にすべて反応する保護者に対し、スタッフがその場で「今のケースはあまり反応しない方が良かったと思いますよ」といった声掛けができるので、保護者には「そうなんだ!」と自然に理解してもらうことができます。
佐藤先生 親子入院では、スタッフ間の連携も重視しています。例えば、偏食への関わり方については看護師が教え、口の動かし方や手の操作については言語聴覚士や作業療法士といったリハビリスタッフがアドバイスします。具体的には、看護師が母親の悩みをリハビリスタッフに伝え、リハビリスタッフは現場を観察してできていない点などに対しアドバイスを行い、看護師はそのアドバイスを母親に説明します。看護師の役目は、保護者の気持ちや難しさを聞き出し、リハビリスタッフに伝えることだと考えています。
今後の展望をお話しください。
平澤先生 退院後は、施設内の外来スタッフとの連携や、地域の発達支援センターなどへのアドバイス、手紙のやり取りなどを通じて支援を継続するようにしています。しかし、現状では地域へ戻った保護者が悩んだり困ったりしても、専門的なアドバイスがすぐに受けられるわけではありません。親子がどの地域でも同じレベルの療育を受けられるよう、よりいっそう地域連携や情報発信を進めていきたいと考えています。
林先生 親子入院を利用する前は不安を感じていた保護者の方にも、退院時には満足していただけているといつも感じています。今後も、親子入院が子どもと保護者の成長と自信、安心につながるようサポートしていきたいと思います。
佐藤先生 子どもの成長の基盤となる食事・睡眠・遊びの大切さを保護者に伝えていくことで、家庭でのより良い療育につながるようなお手伝いをしていきたいと思います。